旅の前半、サンティアゴ巡礼は、スペインの美しい自然やこの巡礼路の長い歴史を十二分に満喫した旅でした。しかし一方では、巡礼初日から体調不良の中を歩いた妻だけでなく、出会った殆どの人が身体の故障・怪我、体調不良などで辛い体験をするという厳しい旅でした。そんな中、我々二人が、33日間、サンティアゴまでの約760Kmを無事に歩き通す事が出来ました。旅の間中ずっと、体調や食べ物をうまくコントロールしてくれた妻や、メール・ブログ等で励ましてくれた皆さんのお陰と感謝しております。旅の後半、スペイン各地の観光では、毎日十分に時間を使い、美しい建物や美術品を存分に楽しみました。また、余りおいしい食べ物を頂き過ぎ、巡礼中に折角少しスリムになった体も、直ぐに元の黙阿弥状態へと戻りました。

帰国後一週間程は、妻も私も疲れが出たようで、殆ど何もせずに過ごしました。しかしそのあとは、うだるような湿気と暑さに辟易としながらも、溜まっている旅の写真や記録の整理を始め、体重減少と体力回復のための早朝ウォークも再開しました。8月末には、スペイン巡礼中に随分お世話になったHさんに再会し、完成させたばかりの旅行記を読ませてもらったり、スペイン話を肴に美味しいワインを一緒に飲んだりする事が出来ました。また9月には、かって同じ会社で一緒に働いた美しい二人の女性に今回の旅の話をしたり、写真を見て頂いたりする機会がありました。

このような経緯も経て、5/7の旅の初日から7/7旅の終わりまでの全日程についての再編集作業を完了し、今この「終わりの言葉」を書くまでに至りました。再編集前の内容を既にお読み頂いた方には、もう一度この部分に戻り、お読みいただければと思います。

この長いスペインの旅を通して、「この地の人々は、厳しい自然や困難な歴史の中で、何世代にも亘り、強い精神と明るく健康な心を持ち続け、その時々に各人が行うべき事を行い続けてきた。だからこそ、この国独自の優れた文化・芸術、美しい自然、人情味あふれる気質までもが生まれた」と、私は思うようになりました。こんな私のスペインボケ、巡礼ボケは当分治まりそうになく、「①フランスからピレネー越えの巡礼路を歩いた後、②イタリア各地を観光する」という来年の計画を、私から妻に提案中です。②のイタリア観光は、「歩き旅は、今回でもう十分」と言っている妻を巻き込むための作戦でもあります。

これからは来年の旅の準備・計画だけでなく、イタリアの歴史、建物、美術、言葉等の勉強も始めようと思っています。つい先日、私と同じ年の友人が脳動脈瘤破裂で急死しました。彼はそれまで血圧等も正常で、私の糖尿病のように持病もなく、全くの健康人だったそうです。そんな事もあり、「暇だから、何かをやる」のではなく、「限りある時間=今を大切にし、新たな事にいつも全力挑戦し続けていきたい」と、これまで以上に強く思っています。

私達の新たな旅が始まったら、またブログでその様子をお伝えしたいと考えています。
皆さんの応援、これからもよろしくお願いします。どうもありがとうございました


妻の一言
本当に充実して楽しんできた。  父さんありがとう。 みんなもありがとう。
帰宅。 性格上、いつも綺麗に片づけてから旅行に出掛ける私。真夜中に帰宅してホテルの様にきれいな部屋に帰れて気持ち良かった。自分の性癖に感謝。
しかし、あっと言う間に散らかった部屋になった。(いつも通りや・・・)
そして、2カ月も放りっぱなしのベランダの植木が全部生きていた。 
びっくり!!すぐに水を遣った。    

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私達二人は、2012年5月7日から7月7日までの62日間に亘り、前半はスペイン東端のロンセスバジェスからサンティアゴデラコンポステラへの巡礼旅を、そして後半はスペイン各地の観光を楽しみました。  

また、この旅をきっかけに、私にとっては最初となるこのブログ「スペイン 巡礼と観光の旅」 (http://mikitanuki.exblog.jp/) を始めました。最初は、このブログをスペインの巡礼や観光を将来予定する人に役立ててもらえるようにと、旅出発前の準備の様子から自宅のPCを使って書き始めました。実際の旅が始まってからは、小さな画面のiPod touchでの書き込みが時には2時間以上もかかったり、巡礼中はWifiが使えないアルベルゲが殆どで、ファイルをなかなか送信できなかったりしたため、旅と同時進行でブログを更新し続けるのは、結構大変でした。でも、このブログを読んだ家族、友人、そして親戚のみんなまでが、励ましのコメント書き込みやメールをくれました。そして、そんなみんなに我々の元気な様子を知ってもらい、みんなからの声を聞けるのが楽しみと励みになり、日々ブログの更新を続けました。

 しかし、こんなブログには、① iPod touch内蔵の画素数の少ない映像カメラによる写真しか使えず、写りが余り良くない ② 旅行中は時間的な余裕が十分なかったり、素晴らしい建造物や絵画等を見ても、自分の知識が無くてその価値や美しさが分からなかったりで、このブログに十分に書くことができなかった ③巡礼後半から観光旅行の部分では、毎日のブログ書きの「飽き、疲れ、慣れ」もあって、あまり代わり映えしない食べ物ネタばかり・・・等の多くの反省点がありました。

そのため、旅を終え帰国し、ほぼ一月ゆっくり休養時間をとった後、このブログ内容の再編集作業をぼちぼちと始めたのです。この再編集は、次のような方法・方針で行いました。

・ ブログ本文については、元の文章の主旨を変えない(誤記修正や最小限の書き足し)。
・ ブログ本文中の写真を、デジカメで撮ったよりもので変更、追加。
・ 自分の知識や理解力の不足を補うため、書籍やネットから収集した情報や写真も出来るだけ追加。
・ 元の文章になかった追加情報は青字で追加。
・ 一緒に旅した妻のコメントをピンク枠で追加。
・ 再編集後の全ての文書、写真を含む電子ブック(PDFファイル)を別途作成。

ようやくのこの再編集の作業を終える事が出来たので、このブログのスペイン巡礼編の初日から順番に、改定した内容に変更して行く予定でいます。全てが再編集後の内容に置き換わるのは、1・2週間かかるかと思います。

このブログ内容の再編集により、私の面白みに欠けた臭~い文章だけでなく、元気な妻のコメントが加わったので、この改定版は以前よりは大分ましになったものと確信していますが、みなさんの感想はどうでしょうか? 今回のスペイン旅行での私達の体験や学びを、少しでも多くの方々と共有できればこのうえない喜びです。
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6日の朝9時に全州をバスで立ち、12時過ぎにソウルに着き、繁華街明洞(ミョンドン)にも近いホテルにチェックイン。そして地下鉄でソウル駅の近くのロッテマートで朝鮮漬けなどの韓国食材を買い出しに。これまでのスペインや全州と違って、ソウルはこれまで何度も来たことがあるので、計画を立てたり、行動したりするのが楽でした。また、この日の夜は、スペイン巡礼仲間の韓国の若者たちとの食事会の予定がありました。

スペイン巡礼の旅では、韓国の若い(我々の息子と同年齢かそれ以下の)男女数名と、途中の道やアルベルゲが何度も一緒になり、とても親しくなりましたが、旅の終盤には彼らは私達より3日くらい先行しており、もう会えないだろうと思っていました。しかし、なんと巡礼完結の地フィニステーラで、彼等のうちの4名に再会したのです。事情を聞くと、旅の間一番しっかり者でリーダー的な存在であったS君が、「サンティアゴ・デ・コンポステラに着いた直後に右の足首が腫れ上がり全く歩けなくなった。フィニステラまで3日間かけて歩く予定を変更し、数日休んだ。やっと回復した今日、バスで来た。」ということでした。そんなフィニステラでの劇的な再会があり、私達が帰路ソウルに立ち寄った時に母親と一緒にやっているS君の焼肉店で集まろうという事になったのです。

その夕食会は、S君のほか女性2人が我々を迎えてくれ、午後8時半過ぎから始まりました。
まずはみんなの巡礼後の様子を聞きました。S君は、パリに2日いて帰国し、店の仕事をやってるそうです。T嬢は、マドリードで数日過ごし、帰国後は無職の状態だそうです。英語ペラペラ、日本語も話せる才媛A嬢は、バルセロナで数日観光後、今はスペイン巡礼の本を書くための準備中だそうです。豊かな才能とユーモアを持つ彼女だから、内容があって面白い本をきっと書くでしょう。韓国語の本だと言っていたので、私は読む事が出来ないのが、とても残念ですが。この3人は、今回参加できなかったカミノ仲間ともこれまで時々会うことがあり、みんな元気にやっていると聞き、とても嬉しく思いました。
さて、この夕食会のメインは、豚バラ3枚肉の焼肉(サムギョプサル)です。韓国の焼肉はサンチュなどの葉にくるんで食べるのが普通ですが、甘酸っぱい大根の漬物、もやし,香草、ネギなどを、海苔の上に乗せ、これで焼肉をを巻いてたべるというこの店独自の食べ方で頂きましたが、これが美味いこと美味いこと。我々の食事中ずっと、店主のS君が食べ方を教えてくれ、T嬢は焼けた肉や野菜を切り分けてくれ、A嬢が今回の旅での面白かった色んな人や出来事の話をしてくれ、本当に楽しい夕食会になりました。更にS君のお母さん手作りのエゴマ漬けがとても美味しいと妻が褒めたら、お母さんが持たせてくれ、嬉しい土産になりました。この楽しい夕食会も11時に終わり、S君の車で送ってもらいホテルに着いたのは11:40。ソウルでのこんなに素晴らしい時間を作ってくれた3人の若者たちに深く感謝し、そして近い将来に是非、彼らとまた会いたいと思っています。
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翌日7日の朝ホテルで荷物をまとめたのち、ソウル駅に行き、空港鉄道の切符の購入と名古屋行きの飛行機のチェックインを済ます。この時リュックやカバンなどの大きな荷物は全て航空会社に預けられるので、午後の行動が楽にできて良かった。また、韓国の航空会社を利用する乗客は、航空鉄道料金の割引があり、わずか600円くらいでインチョン空港まで行けました。

午後は李王朝の始祖李成桂の建てた王宮、景福宮(キョンボックン)に。ここは、この前に来た時より整備され綺麗になっていました。また、中国本土からの団体観光客が多く、にぎやかなので、よく目立ちますした。
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午後4:30 ソウル駅から電車で43分、インチョン空港に移動。空港内の韓国文化紹介コーナーをのぞいたり、カードラウンジでビールを頂いたりして時間をつぶした後、いよいよ午後7時発の飛行機で名古屋空港に。この便では、我々はビジネスクラスのシートが貰えたので、2時間弱だが、いつものエコノミーよりゆったりとしたシートと少し立派な機内食を楽しむことが出来ました。飛行機が梅雨前線の影響で少し遅れが出たため、ぎりぎりではあったが、浜松駅行きの最終高速バス9:50に間に合う。

自宅には深夜12時前に到着し、これで 5/7~7/7までの2カ月、62日間の長旅を無事終える事が出来ました。ブログやメールを通しての皆さんからの応援、どうもありがとうございました。
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# by mikitanuki | 2012-07-09 23:18 | 韓国
マドリード空港を7/3の午前11:15に出て、韓国の仁川(インチョン)空港に4日の朝6時過ぎに到着。午前7時半、空港から高速バスに乗り、約4時間弱で全州(チョンジュ)に。

全州は、李王朝の始祖李成の出身地であり、当時の貴族や高級官僚の両班(ヤンバン)らの屋敷だった韓屋が建ち並ぶ古い街並みが残っています。古い街並み、家屋を利用し、韓国の伝統的な酒、陶芸、韓紙、扇子などの博物館や作家の工房なども多く、日本の京都、高山、倉敷などと同じように、若い女性に人気が高い町だそうです。最近は韓国内だけでなく、海外からも、韓屋での宿泊や韓国文化の体験をするために多くの観光客がやって来るほどに有名です。
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全州は、韓国料理を代表するビビンバの発祥の地としても知られ、もやし入り韓国風粥(コムナムルクッパ)でも知られています。私達も丁度お昼時にホテルに着いたので、ホテルで教えて貰った店でコンナムルクッパを注文。例によってがキムチなどの付け出しが何皿も、次にグツグツと煮立ったコンナムルクッパが黒い鋳物の鍋に入り登場し、一口食べて、思わず唸る。日本食にも通じる旨味たっぷりのスープ、ほぼ2ヶ月のブランクですから、たまりませんでした。あまりにも旨く、しかも安くて(5000W≒ 400円)、ホテルにも近かったので、このもやし粥の店には全州にいた2日間で3回も通いました。
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ビビンバは、スペイン巡礼中に友達になった若い韓国人の女の子に教わった古宮(ゴグン)という店で食べました。ここのビビンバは、かき混ぜて食べるのが惜しいくらいに、沢山の食材がとても綺麗にもりつけられいて、味も最高でした。
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こうして、全州で2日間、韓国のうまいものを食べ、素晴らしい建物や文化をゆっくり楽しみました。そして、6日の朝9時半過ぎ、再び高速バスに乗り、今回の旅の最終宿泊地となるソウルに向かい出発ました。

妻の一言
今までの好天気のつきが落ちたかのごとく雨が降った。
全州は遠かった。4時間余、エアコン効き過ぎバスで。 でも鄙びたいい所で、行って良かった。
もやしクッパ 色々付いて500円  安い!  
韓国人でキムチ食べない人いるのよね。もったいない!
 
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# by mikitanuki | 2012-07-09 22:29 | 韓国
5/8の朝にマドリード空港についた時から始まった今回のスペインの旅も、6/29の午後5時に再びマドリードに戻り、いよいよ終わりが近づきました。
 今回もマドリードの旧市街の中心、プエルタデソル(太陽の門)広場の近くのホテルHostal Madridで、多くの観光スポットが歩いて行ける距離です。ホテルに着き、最初にもらった部屋が余り良くなかったので変えるよう要求したら、この週末は祭りのようなものがあり、部屋が一杯だと受付は言う。しばらく粘っていると、10€増しでキッチン付きのアパートがあると言う。見てみると、最初の部屋より良くまあまあと言える程度なのでこちらに決定。
その後6/30, 7/1の2日間は、この地の利を生かし、マヨール広場、スペイン広場に行ったり、プラド美術館、ソフィア王女美術館、ティッセン・ボルネミッサ美術館と言う3つの大きな美術館で、ゆっくり時間をとって楽しみました。ピカソのゲルニカなどを含め数多くの有名な作品を見ることができました。中でも、ダリの超写実主義の神秘的な絵にとても惹かれました。今回の旅では、スペイン全土の文化的遺産をつぶさに見る機会が有りました。そして知れば知るほどに関心が深まり、今回の旅から帰ったらスペイン語だけでなく、スペインの歴史、建築、そして美術などについてもう少し詳しく勉強したいと思うようになっています。
さて7/1は、スペインとイタリアのサッカー試合があり、マドリードのどこの 街中を歩いていても、スペインのチームカラーの赤と黄のシャツを着た人を多く見かけました。又夕方からは近くのバルには、試合開始前から多くの人たちが集まり始め、旗、太鼓やラッパで大騒ぎです。そして、その後の22:40には町中ラッパの音が鳴り響きました。そうです。対イタリアのサッカー試合で、スペインが4対0と言う圧倒的な強さでイタリアに勝った為です。それから夜遅くまでずっと賑わいが続き、朝のテレビも繰り返しその勝利が放送されます。スペイン語なので詳しく解らなかったので、今日(7/2)インターネットで調べたら、4連続のヨーロッパチャンピオンという歴史的な偉業達成だったようです。

そのため今日7/2はマドリードに戻ってきた選手達のパレードが午後9時ごろから近くであるというので、見に出かけました。そしたら余りにも凄い人出と熱気で前まで進むことも出来ず、大画面のオーロラビジョンで選手達がやって来るのを見ました。現場には、若者だけでなく、お爺ちゃん、おばあちゃん、そして子供や赤ちゃんまで来ていて、みんな完全にお祭りのようなノリで、本当にスペインの人達のサッカー好き、お祭り好きには呆れてしまうほどです。
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さて、明日3日にはスペインを立ち、ソウルに向かいます。そして韓国で3泊した後の7日夜に名古屋空港、同日夜12時前に自宅に着く予定です。あと少しですが韓国の旅の様子も書きますので、またブログを覗いて見てください。

妻の一言
マドリッドのホテルは、日本を立つ前に予約していた。
太陽広場(プエルタ・デ・ソル)のすぐ近くで、夜も賑やか。
日本の我が家で窓を開けて寝ると車の騒音でうるさいが その下地があってこそ眠れる部屋だわ。
スペイン人はサッカーに熱狂して その後2時過ぎまで大声・鳴り物いりで騒いでいる様だ。
それでも我々は次の日寝不足でなかったから 寝てましたね。
ホテルは余分に支払ってキッチン付きのコンドミニアムになったから、
近くのエル・コルテ・イングレスで買い物して料理して食べた。
店でも食べたが、「ゆでる・蒸す・焼く・チンする」でできるものは自分で。
材料は安いので くいしん坊には、キッチン付きの部屋はいい。
巡礼中と比べマドリッドでは、外で飲むと ビールもワインも段々高くなった。
はまぐり蒸しオイルかけ・パエリヤなどつくり、山程のごみを置いてきたが、きっとびっくりされたことだろう。

マドリッドはさながら美術館めぐり。
もう1泊あったら 予定通りセゴビアのローマ橋を見に行けたのに残念。

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トレドは、旧市街全部が世界遺産です。この街には、レコンキスタの後も1492年に追放されるまで、町の経済を握るユダヤ教徒と共にイスラム教徒が残りました。そのため、ユダヤ、イスラム、キリスト教の3つの文化が交錯した形で残り、歴史的にもとても貴重な街です。
6/28は、RenfeのALTARIAで Cordoba 11:32 → Madrid Atocha .13:35に、その後 AVANTで Atocha 13:50 → Toredo 14:23に到着。駅からはタクシーでホテルに直行。残念ながら、トレド滞在は1泊のみ。ここのホテルHotel Santa Isabelは、とても落ち着いた気持ちのいい小さなホテルでした。

ホテルにチェックイン後、まずは直ぐ近くの大聖堂を見物し、その後、ソコドベール広場に行こうとしたが、街中の道が細く迷路のように複雑で迷ってしまい、なかなか到着できず。人に尋ねてようやく広場に着いたが、乗りたかったソコトレンという列車型のミニバスには乗れず、代わりに2階建の観光バスに乗る。このバスは英語の音声ガイド付きで、この広場からアルカンタ橋を渡り、タホ川に沿って走り、約1時間でトレドを一巡出来た。途中の展望台でバスは止まり、タホ川を挟んでトレドの町の景観を楽しむ事が出来た。今回は行く事が出来なかったが、この展望台に近いパラドールから見るトレドの夜景はとても有名で、次の機会には是非見たいと思います。

6/29は、朝からサンタクルス美術館、エルグレコの家、サントトメ教会、トランシト教会などを見て回る。この街で後半生を過ごしたというエルグレコの絵は、我々にも一目で彼の作品だとわかるほどに、力強く、そして美しい絵でした。こうして、トレドの町を十分に楽しんだ後、RenfeのAVANTEに乗り、Cordoba 16:18 → Atocha 16:51で、スペイン観光の最後の目的地、Madoridに到着しました。

追加記載
トレド(Toledo): マドリードから南に71km。かつての西ゴート王国の首都であり、中世にはイスラム教・ユダヤ教・キリスト教の文化が交錯した地である。「町全体が博物館」と言われ、タホ川に囲まれた旧市街は世界遺産。また、ルネサンス期のスペインを代表するギリシア人画家のエル・グレコが活躍した町としても有名。


妻の一言
トレドは“街全体が中世”と言うコピーに頭が膨らんで、期待が大きすぎて こじんまりにちょっとがっかり
でもツーリストバスで行った丘から眺めるとやはり絵になる。写真も素敵!
トレドは坂の街。しかもよくぞタクシーが乗せてくれると感謝するくらい狭くて曲がりくねっている。
一度、道を尋ねたら間違って教えられて、その後 大変だった。一番の大変は 夫のブツブツ。 


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# by mikitanuki | 2012-06-30 07:27
このスペイン観光旅行中のホテル選択の一番の基準は、観光スポットの集中した旧市街地などいわゆる場所の良い所であることを最優先しています。一方で、長旅なので、ホテル代を出来るだけ抑えるため、一泊当たりの宿代は大都市マドリード、バルセロナでは80-100€、その他の街では40-60€くらいを目安に。こんな条件で、それも数日前~前日にホテルを探し予約するので、ほとんどが3つ星以下ですが、バスタブ又はシャワーブース付きの清潔な部屋で、現地での観光に極めて便利なホテルの確保がどこでも可能でした。このようにしてホテル代を浮かせ、その分を食費や他の費用に充てることもできるので、のんびり旅を楽しめます。これが今回のスペイン観光の嬉しい点です。

この旅の間のホテル選びや予約は、インター ネットのTrip-adviser やBooking.comを利用して、ずっと問題なしにやってきました。しかし、今回のコルドバのホテル予約では、正しくは「翌日と翌々日分」を、誤って「当日と翌日分」と入力ミスし、またその間違いを前日夜10時前にBooking.comの確認メールが来るまで気づかないという大失策をしました。大急ぎでコルドバのホテルに電話し、事情を話したら、何と親切なことに、キャンセル料なしで直ぐに日の変更をOKしてくれました。Wifiが不安定で予約中にネット接続が切れたのに、それまでずっとトラブルなしであったための油断から、しっかり事後チェックをしなかった事が今回のミスの原因と、大いに反省しました。

前置きがこんなに長くなったが、我々は、RenfeのAVANTを利用し、Sevillaを15:40にたち、Cordobaに16:25に到着。駅からはタクシー10分弱で今日の宿、かのコロンブスが泊まった部屋(ホンマカイナ?)もあるという小さな落ち着いた3つ星ホテル Hacienda Posada de Vallina に到着。このホテルの目の前は、あの馬蹄形のアーチで有名なメスキータ①でした。この町で有名なカサ・ペペ・デ・ラ・フデリアでの夕食②も最高でした。
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しかし、この地の暑さには本当に参りました。何しろ42-44 度という気温や、ドライヤーのように熱い風は、初めての経験です。朝9時位までは30度以下で比較的過ごし易いが、その後夜9時位まではずっと40度を超え、外を歩くのは1、2時間が限度でした。アンダルシア地方は暑いことで有名で、スペインの釜の底とも言われるそうで すが、このコルドバが最も暑いようでした。でも、明日はマドリードに近いトレドに移ります。きっと、熱さはましになってくれるでしょう。

追加記載
コルドバ (Cordoba): 古代ローマ時代には、属州ヒスパーニア・バエティカの首都で、現在でもローマ寺院やローマ橋などの遺跡が遺る。のちに西ゴート王国に支配され、6世紀には東ローマ帝国の領土となった。711年、イスラム教徒に征服され、756年に成立した後ウマイヤ朝はコルドバを首都とし、その中心はモスク(メスキータ)であった。10世紀にアッラフマーン3世とハカム2世の治世下で繁栄をとげ、大図書館が建てられて多くの学者が活躍した。トレドと並んで西方イスラム文化の中心地として発展し、10世紀には世界最大の人口を持つ都市となった。キリスト教勢力によるレコンキスタの進展により、1236年カスティーリャ王国のフェルナンド3世に征服された。15世紀末、レコンキスタが完了するとイスラム勢力がイベリア半島から追われ、メスキータにはカトリック教会部分が増築された。


妻の一言
メスキータ :ホテルはメスキータの隣だったので。 1日目は大きなミサで王室専用のミサの教会が見れた。朝一番 涼しい時に見ようと続けて通った2日目、そこはすっかり幕で覆われていたが、地下のイスラム教会の跡が見れた。結局、10時前のミサの間に見たので 無料。   

コルドバは午後9時頃まで30度をはるかに越してたと思う


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6/24 パラドールでゆっくり朝食をとった後、11:25発のRENFEでGranadaを立ち、13:30 Sevilla に到着。ここセビージャは、歌劇「カルメン」や「セビリアの花嫁」の舞台となったスペイン第4の都市。ここでのホテルHotel Alcatayaは、旧市街の中心で大聖堂と隣のヒエルダの塔①にも近いサンタクルス街にありました。
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このホテルの近くの裏路地は、観光名所の一つで、細い迷路のような道には、古いランタンのある白壁の家②が並びます。このあたりには、日本人、韓国人、中国人など、特にアジアからの多くの観光客が訪れていました。
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セビージャのイスラム風の宮殿アルカサル③は、最初のうちは、アルハンブラ宮殿の模倣のようで余り・・・と思ったのですが、その後の「乙女の中庭」、「大使の間」などを見るとその漆喰細工やタイルモザイク画などで美しく飾られ、荘厳でとても素晴らしいものでした。
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ホテルで教えて貰い予約したフラメンコも、最高でした。数人のダンサーが順に踊り、後ほど上手く、見る方もだんだんHeat Up 。 2時間、 30€のショーはとても素晴らしいものでした。「二日連続できているが、毎日踊り手も変わるし、楽しかった」と言っている人もいました。
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セビージャでの夕食も最高でした。これもホテルで教えてもらい、あまりにも美味しく、値段もreasonableだったので、このレストランは2日続けて利用しました。
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さて、26日20時頃の気温は42度。この時間になっても、日本の真夏の日中よりも日差しは強く、気温も半端じゃない暑さです。でも、日本より空気が乾燥しているせいか、日影になればひんやりと、とても過ごしやすくなります。そのため、スペイン各地のホテルや民家の中庭(パティオ)や商店街の道路には、薄い布製の天幕がよく張られていました。これだけで随分涼しくなり、エアコンなどに比べ、より快適、より省エネです。
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帰国後の追加記載
Sevillaセビージャ (セビリア) スペイン南部の都市。アンダルシア州の州都で、セビリア県の県都。人口は70万人でスペイン第4位。セビリア都市圏の人口は130万人。スペイン南部の政治、経済、文化の中心であり、観光都市。闘牛やフラメンコの本場。セビリア大聖堂、アルカサル、インディアス古文書館は世界遺産に登録されている。
セビリア大聖堂 - 1402年に建設が始まり、16世紀に完成した。カトリックの大聖堂としては世界一大きい(サン・ピエトロ大聖堂を除く)。内部にはクリストファー・コロンブスの墓がある。
ヒラルダの塔 - もとはモスクのミナレット(尖塔)だった。
アルカサル - スペイン王室の宮殿。イスラム時代の建築物の跡地に14世紀に建設された。ムデハル様式の代表例の一つ。


妻の一言
セビージャの宿はサンタ・クルス街の中。
カテドラル、アルカサルはすぐそこ。サンタ・クルス街はいりくみ、迷子になる道だ。
でも私は迷子にならないと自信があった。アルカサルからレストランに行けると思い、
頭の地図通り歩いてみたが、知らない塀に突き当たった。やむなくバックした。がっかり!

エスパーニャ広場はすばらしいが、無料。
ここに来るのも(徒歩) 迷った。地図とちょっと違うやんか!
手前の入り口を書いてなく遠回り。隣は広い公園で野鳥も多数。  
途中であきらめなくて 良かった!! 


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6/22
朝8:15に私達の乗った夜行列車がグラナダに着いた。グラナダは何と言ってもアルハンブラ宮殿が有名。先日インターネットでグラナダのホテルを探していたら、宮殿内にあるパラドールに空きがあった。かっての城、要塞、貴族の館などを改築し作られたパラドールに、スペイン滞在 中に一度くらい泊まってみたいと思っていたので、宿泊料金は今までのホテルより数倍高いが、思い切って2泊で予約しておいた。駅からパラドールに直行すると、 まだ9時前なのに部屋に入れてくれたので、荷物をおき、旧市街の大聖堂、王室礼拝堂、土産物屋の並ぶアラブ街などの見物に出かけた。

バルセロナの5日間も、グラナダに来てからも、ずっと晴れ続き。グラナダの方がバルセロナより気温(最高35-37℃)も湿度も高いように思われ、街を歩いているとビールやアイスクリームが欲しくなり、ついつい・・・。

その後は、市内各所を循環する小さなアルハンブラバスに乗って、アルバイシンのサンニコラスの丘に。このアルバイシン地区は、11世紀ごろイスラム教徒が敵 の侵入を防ぐために築いた城郭都市で、中は迷路のようで、ここをバスは裏路地のように細い道をくねくね曲がりながら通り抜けるのが楽しかった。この丘から のシエラネバダ山脈を背景にしたアルハンブラ宮殿の眺めは素晴らしい。ここで写真を撮ってくれたインドネシアの女性がここから見るアルハンブラ宮殿の夜景 は最高と教えてくれたので、翌日23日の夜にもう一度くることにした。

6/23
今日はアルハンブラ宮殿内にある3つのパレスを見る予定。入場券の事前予約が必要だったため、バルセロナにいる時に自分でiPod touchを使いインターネット予約を試みたが、何故か最後のCard決済の段階で駄目。仕方なく、泊っていたホテルの受付嬢に電話予約をお願いしてやっと確保。指定したナスル宮 の入場時間の1時間前8:00前に発券場に行くと、非常に多くの人々が既に行列。入場券の発券は、予約時に連絡したクレジットカードを発券機に通すだけと極めて簡単。こんな方法があるのですね。直ぐ済んだので、パラドールに戻って朝食を。

朝食後、9時から14時まで、ナスル宮、ネフェラリフェ宮、パルタル庭園、アルカサバなどを見る。大理石の壁や柱は精巧で美しいアラビア文字のレリーフや幾何学模様のタイルで飾られ、イスラム芸術の結晶とも言われる。許されるなら、いつま でも此処に留まりたいくらいだ。後でも書くように、朝満タンだったカメラのバッテリーが午後2時すぎにはほぼ充電切れになるほど、多くの写真をこの数時間に撮っていた。
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宮殿内の見学を終え、しばらくパラドールに戻り部屋で休息。そして、昨日行ったアルバイシンのサンニコラスの丘からアルハンブラ宮殿の夜景を見るため、午後 6時過ぎに出発。昨日はバスだったが、今度はパラドールから街まで10分ぐらい下り、アルバイシンの曲がりくねった裏路地を登る。途中で、丘から降りて来る若者達に会い、道が間違っていない事を知り安心。約20分上って丘に到着。

午後7時前に丘に着き、食事をしたりして、日の落ちるのを待 つ。9時ごろやっと少し薄暗くなって来たので、写真を数枚撮った時、カメラのバッテリー充電ゼロの表示が出て、そのあとは動かない。こんな時に限って、何時でも持っていた予備バッテリーをホテルに置いてきた。何という失敗。その後は仕方なく、iPod touchと妻のビデオで撮影。こんな事があったが、徐々に薄暗くなる背景に浮かび上がるアルハンブラ宮殿の美しさを十分に満喫した。そしてまた、帰りも歩きで11時ごろパラドールに戻る。ご苦労様でした。
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帰国後の追加記載
グラナダ: 711年ウマイヤ朝による占領以来、グラナダは15世紀まで約780年の間、イベリア半島のイスラム支配地であった。1238年建国のナスル朝グラナダ王国は、イベリア半島における最後のイスラム王朝として約250年間存続し、経済・文化が繁栄。15世紀末にカスティーリャ王国とアラゴン王国が連合王国となると、ナスル朝支配地への征服が始まり、1492年1月2日にグラナダが降伏してナスル朝は滅亡。
アルハンブラ宮殿 - 古代からの砦の上にナスル朝初代君主のムハンマド1世が建築を始めた宮殿で、ユースフ1世の代(14世紀)に完成し、イスラム建築の傑作と評価される。
ヘネラリフェ - アルハンブラの東のはずれに建てられた離宮で、美しい庭園がある。


妻の一言
初めてのグラナダ パラドール泊で、アランブラ宮殿を堪能できとても良かった。
宮殿内は便利に観尽くしたと思う。 朝食も良かった。 でも、宮殿内にあった高級ホテルという印象が残った。 パラドールに泊るなら 今度はレオンで泊りたい。

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今日はバルセロナ滞在の最終日。妻の買い物が終わった11時にホテルをチェックアウトし、大きい荷物を預けて、ピカソ美術館に。ところが、近いはずの美術館が、暫く歩いても見つからず。出会った男性に聞くと、「15分くらいとかなり遠いし、道が複雑だから連れて行ってやる」と言って案内してくれた。お陰で無事に美術館 に。最後に彼は、危険な所や人も多いから気をつけるようにとか、ホテルへの帰り方とかを丁寧に教えてくれた。多分彼は自分の休憩時間を犠牲にして、我々を 案内してくれたのだろう。本当に親切な人に出会って良かった。これでまた、スペインの人々が今まで以上に大好きになった。

さて、この美術館はピカソがバルセロナに住んだ14才から青の時代と言われる青年期と後期の作品が展示されていました。特に前期の作品は画学校時代の具象画で、私にも分かり易く、これまた大天才の偉大さを実感出来ました。

午後2時過ぎに美術館を出て、次は市場の中の鉄板焼き屋さんでキノコ炒めと魚介類焼きを頂く。市場の中と言っても、20ー30分待ってやっと椅子に座ることができるほどにこの店の繁盛ぶりは大変なものでした。値段も決して安くはありませんが、とても満足出来る美味しさでした。
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さて今日の締めくくりは、バルセロナからグラナダ行のトレンホテル(夜行列車)です。我々には似合わないかもしれませんが、日本では使った事のない特等の寝台です。我々二人だけの個室(コンパートメント)にはシャワーやトイレも付いていて、快適に過ごすことができました。
ドラドカードによる高齢者割引で約100€の切符ですが、いくつか特等だけの特典を利用できました。先ずは、特等専用の駅待合室が利用できることです。マドリードのスント駅のそれは飛行場のラウンジのようにコーヒーやお菓子を食べながらユックリ時間待ちが出来ました。
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2番目の特典は、乗車後の夕食と朝食が切符代に含まれていることです。夕食は、落ち着いた雰囲気の食堂車でワインを楽しみながら、コース料理をゆっくりおいしく頂きました。デザートのチョコレートムースも絶品でした。
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朝は、パン、クロワッサン、オムレツに、オレンジジュース、コーヒーのついた朝食をゆっくり食べ終わった頃に、目的地グラナダに着きました。今回の鉄道利用は、お得で、快適、美味しい、大正解と言えるものでした。
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帰国後の追加記載
バルセロナでの犯罪: バルセロナでは強盗やスリが多いため、旅行者は特に注意が必要とガイドブックにも書かれている。巡礼始めに会ったオランダ人女性にこの事を話すと、「バルセロナを歩いていた友人が、背中のバッグから金をすられた。バッグ等は体の前に回し、両手で囲ってあるくべきだ」とアドバイスしてくれた。このため、私達もバルセロナでは特に注意して行動していたが、幸い最後まで何もなく、安全に旅を終える事が出来た。統計的には、この数年で犯罪発生頻度は著しく低下しているそうで、カタルーニャ広場等の観光スポットのあちこちに警官が立っていたが、こんな事が犯罪の防止に役立っているのでしょう。
一方で、スペインの国家経済の極端な悪化から、特に若年の失業者が急増しており、この事が原因となり今後の社会不安や犯罪が再びふえるだろうと言っている人もいましたが、そんなことにならないで欲しいものです。


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